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| ■西アフリカ・ガーナのこと■ |
◇ガーナ共和国(Republic of Ghana) アフリカ西部のギニア湾に面する国家で、1957年3月6日、アフリカ民族運動の父・エンクルマの力によってイギリスより独立した(共和制は1960年7月)。 首都はアクラ/Accra。人口は1800万人に満たない。 公用語は英語、他にアカン語、トゥィ語、ガ語、エヴェ語、アシャンテ語、アクワビム語、ファンチ語などの部族語がある。 宗教は、キリスト教や伝統的な部族宗教の他にイスラム教もある。 日本の三分の二弱の大きさの国土を持ち、気候は熱帯サバンナ気候(年間平均気温摂氏27度、同湿度80%)に属している。 産業は主に農業と鉱業で、世界有数のココア生産と金の生産で知られており、独立前は《ゴールドコースト》と呼ばれていた。金の交易は、ヨーロッパ人で最初の来航者(1470年)といわれているポルトガル人によって1481年ごろから始められた。イギリス領植民地の確立は1874年。 チョコレート、ココアの原料であるカカオは、元来は南米が原産地。ガーナへは1879年に移植され、カカオ豆の生産は、隣国のコートジボワールに抜かれる前(1976年)までは世界一であった。 ガーナという国名の起源となったガーナ帝国(4〜13世紀)はマリやモーリタニアにあったとされ、これらの地域のアカン人が来て定住したという言い伝えから国名をとった。 植民地時代、野口英世博士(1876年福島県猪苗代町生まれの医学者で、1900年渡米)がこの地で黄熱病の研究に従事し、1928年5月同病に感染して死亡した話しは有名。 アクラ大学の構内には、野口博士記念医学研究所が1978年に竣工された。 日本からのアクセスは、現在のところ直航便はなく、ヨーロッパ乗換え(ガーナ航空外)が一番便利。 |
◇ガニアングルメ 西アフリカ地域の主食は、芋(ヤムイモ、ココヤム、キャッサバ)をマッシュかペースト状にしたものと米。トウモロコシ、バナナや豆類も食べ、油はパームオイルを使用。シチュ―は唐辛子とスパイスを沢山入れるので、辛口なものが多い。魚もあるが淡水魚を好む。肉類は比較的高価なのであまり食べない。 フーフー(ゆでたヤムイモ等やバナナを臼と杵で搗いて餅状にしたもの)、 バンクー(発酵させた粉状のコーンやキャッサバを練り合わせいためたもの)、 ケンケー(バンクーを蒸してだんごにしたもの)、 ポリッジ(バンク―を粥にしたもの)、 ピーナッツスープ(ピーナッツバターをベースにしたスープ)、 モコペッパースープ(野菜、肉等を材料に、トマトペースト、ホットペッパーをベースにしたスープ)、 ビーンズシチュー(鶏や魚に、ブラックアイ等の豆を用いたシチュー)など、 体にいい菜食中心という自然食。 当ショップでは珍しいガーナ等からの輸入品を含め、西アフリカ人向け食材を用意している。 週末にはこれらの食材を買い求めに来たアフリカ人がいっぱいです。 |
◇ガーナレストランを発見! 首都圏でガーナ料理を扱う飲食店が、2店舗ある。 ガーナ人は、母親中心の大家族主義が社会そのものを家庭的にし、助け合いをごく自然なこととしている。《ガニアンホスピタリティー》といって自慢するが、多部族社会だから人付き合いは日本人よりうまく、気さくだ。話し好きなそんな彼らとコミュニケーションするのも楽しいかもしれない。
ちなみに、『Ghana Ba』という店が六本木(=港区六本木7-14-1)にあったが、現在はない。更に 『Osun Ghana House Africa』という店が渋谷駅ハチ公口方面(=渋谷区神南1-20-17 川津ビルB1)にあったが、こちらも店舗を閉鎖した模様。 |
◇在日ガーナ大使館(Embassy of Ghana in Japan) ガーナの情報を得るのには、大使館が一番かもしれない。 日本人女性のスタッフがいるが内容によって現地人に通されてしまうので、ある程度の英語力が求められる。なお領事の執務時間が限られているので、注意が必要。
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